大森元気の制作日誌

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秋のノスタルジー / 新曲はどうする?(2020.9.13-9.16)

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9.13(日)
セルフカバー動画シリーズ「さよなら8月の太陽」録画。

テレキャスターブーム到来
同日(前日も)。キャラメルママ/ティンパンアレー系の参加作品をいろいろと調べる。

鈴木茂氏ははっぴいえんど解散以降はストラトの人になっていくが、このときの僕は氏のギターの中でも特にテレキャスターの音に興味を惹かれるようになる。

そして鈴木茂氏だけでなく、何度目かのそして過去最大のテレキャスターブームへ移行。この日は書籍+サブスクで様々なテレキャスターの名盤について調べる。

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↑たびたび見返してるがもう10年も前の本。テレキャスターの歴史から、年代ごとの楽器仕様の解説から、名盤紹介から、プレイヤーのインタビューから、対談まで網羅されている文庫サイズのこの本。自分にとってバイブル的な一冊。


◆保留中の新曲をアルバムに入れる?!
9.14(月)
先月の残像カフェ再集結時に作ろうとして未完になってしまった新曲(仮タイトル「残像のメロディー」)。もちろんそのうち仕上げるつもりでいるが、これをアルバムの1曲目に入れるのもありだなと思いついてしまった。

そうなった場合またさらに完成が伸びてしまうぞ?と別の自分が忠告しているが....。 

そのアイデアをちらっと思いついたのが数日前。そのまま保留にしていたがこの日再浮上。この日はさらに一歩進めて、アルバムに入れるのみならず、もし可能なら残像カフェの2人に依頼したらどうか?というアイデア

歌詞の主人公は女性で、10年前「あの頃」ライブハウスに通っていた人たちをイメージして書いたところがある。再集結ライブには間に合わなかったが、録音するにはやはり残像カフェであるのが意味があるのではないか?と。

(後日追記:魅力的なアイデアだったが、アルバム制作期間が3年に及んでしまったし、時間的にも予算的にも曲数的にも追加するのは無理と判断。この案は却下とした。二人にもオファーはしなかった)


9.15 (火)
鈴木茂氏とともに僕の尊敬するギタリストDr.Kこと徳武弘文氏。彼のフレーズは最近では細野さんの各作品で聴けるが、僕は南こうせつ氏や吉田拓郎氏の各音源およびライブで聴き倒してきた。

彼の得意とするカントリーリックの数々。教則本も持っていて簡単なものはいくつか習得したが大部分はなかなかハードルが高く何度か挑戦しては断念してきている。何度目かの再挑戦。急にやりすぎて腱鞘炎になりそうになる(苦笑)

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同日? 
「残像のメロディー」作曲続き Bメロが決まらず。Aメロは前のものを直して若干よくなったか。


9.16 (水)
◆日誌初期を読み直して発見したこと
軽い気持ちでこの制作日誌ブログの一番最初の記事から10記事くらいを読み直してみたら、最近の記事より読みやすくて少しへこんだ。コラム的なこともきちんと読み物として書かれていて、楽しんで読める。

更新していく中で「読みやすさ」から「記録する」に途中からシフトチェンジしたので当然と言えば当然なのだけど、なんか悔しい...。

▶︎【2017年12月】 カテゴリーの記事一覧 - 大森元気の制作日誌

もう1つショックだったのは、録音初期においては「シンプルにということがキーワードだ」と書いていたこと。「大勢でセッションしている感じをやめて楽器を減らす」とも書いていた。これ、その後完全に180度真逆になってしまっているな。わりと大きなダメージを受ける...。

日誌で何度も書いているが、意図的に曲数やコンセプトを大転換した。だからアレンジや楽器数が増えていったのは仕方ないが、当初はシンプルを目指していたこと。すっかり忘れていた。はっとさせられた。いつのまにどうしてこんなに楽器を入れてしまったのだろうと。それは少し反省かなあ。


◆秋のノスタルジー、転換前の構想のまぼろし再び
以前の記事で感傷的に書いたことがあるが、やはり最初の計画であった“売れそうにないけど北鎌倉の匂いや空気感のあるミニアルバム”という構想。それは自らの判断で辞めたけれどまたちょっと恋しいなあと思ってしまった。夏が終わり秋風が吹いてくればそのノスタルジックな気持ちはまた膨らんでいくだろう。

でもどうにもならない。今はフルアルバムをいいものにするしか道は残っていない。ここで諦めてしまったらあの時の選択も、この3年もすべてが本当に無駄になってしまうのだから....と当時の下書き。

余談。
下書きを見るまで記憶にも残っていなかったが、アルバムが出来上がったら、アルバム+当初の構想のミニアルバムをボーナス盤みたいにして2枚組にするのもありだなあとまで考えていたらしい。まあ忘れるくらいだからすぐ却下したのだろう。